
2016年のApple AirPods登場を機に爆発的に普及したワイヤレスイヤホン。登場当初は「耳からうどんが垂れている」などと揶揄される声もあったが、今やイヤホン市場の主役と言っても過言ではありません。一方、こうした状況を見て「もしかして、有線イヤホンってもう時代遅れなのかな?」と感じている方も少なくないでしょう。

実際、最新型スマホにはイヤホンジャックがない場合も少なくなく、スマホで音楽を聴く層にとっては有線イヤホンは縁のないものになりつつあります。しかし、家電量販店やオーディオ専門店には現在も多種多様な有線イヤホンが販売されています。
ではワイヤレスイヤホンが普及しても、なお有線イヤホンを求める人が絶えないのはなぜなのでしょうか。なぜワイヤレスイヤホンが全盛の今でも有線イヤホンが「廃れない」のか、見ていきましょう。
そもそも有線イヤホンを所有する人の割合は非常に高い

ワイヤレス化の大きな波の中でも、有線イヤホン・ヘッドホン市場は決して消え去ったわけではありません。接続の安定性や充電不要といったメリットは2025年現在においても薄らいでいることはなく、「所有数」で見ると有線イヤホンを所有する人の割合は非常に高い水準を保っています。
たとえばパナソニックが2024年に行った18歳~39歳の学生・社会人を対象にしたイヤホンの使用実態に関する調査によると、有線イヤホンを持っている人の割合は全体の58.7%とのこと。「使用頻度が高いイヤホン」となると、有線イヤホンは26.5%まで落ちてしまいますが、それでも約2割強の人は今でも有線イヤホンを普段使いしていることになります。

有線イヤホンが今でも人気の理由

有線イヤホンが今でも人気の理由は、その特徴にあります。まず、音質の安定性。ワイヤレスイヤホンではBluetooth接続による遅延や途切れがありがちですが、有線の場合は伝送ロスが少なく、クリアなサウンドを楽しめます。また、圧縮なしで音源を聴くことができるため、原音の再生性が高い点も特徴のひとつです。
本当にワイヤレスイヤホンの音質は有線に劣るのか?

有線の優位性は、その構造のシンプルさにあります。有線イヤホンはスマホや音楽プレーヤーからの音声信号を、ケーブルを通して直接イヤホンに届けます。この過程で音声データを圧縮する必要がないため、音の情報量を保持しやすく、アーティストが意図した細かな音のニュアンスや空気感まで忠実に再現できるのが最大の強みです。
また、電波で通信するわけではないので、満員電車のような電波が混線しやすい場所でも音途切れやノイズの心配がありません。
一方、ワイヤレスイヤホンはBluetoothで音声データを伝送する際、データを一度圧縮(エンコード)し、イヤホン側で元に戻す(デコード)という処理が必要です。この圧縮の過程で、理論上は元の音源からわずかに情報が失われてしまいます。しかし、現代のBluetoothコーデックの性能向上により、高品質設定では多くのリスナーが聴感上の差を感じないレベルまで改善されています。音質の違いを感じるかどうかは、使用するコーデックの種類、ビットレート設定、個人の聴覚感度によって大きく左右されます。
近年は技術開発が進み、CDに迫る、あるいはハイレゾ相当の高解像度な音質をワイヤレスで楽しめるケースも増えてきてはいるものの「音質を最重要視する」ならば有線の優位性はそれでも大きいと言えます。
ワイヤレスイヤホンの「遅延」問題

音質と並んで重要なのが「遅延(レイテンシー)」です。これは、映像と音がズレて聞こえる現象のことで、特に動画視聴やゲームプレイの快適さを大きく左右します。
この点において、有線イヤホンは絶対的なアドバンテージを持ちます。物理的なケーブルで直接接続されているため、信号の伝達に時間がかからず、遅延はほぼゼロ(一般的に5~10ミリ秒)。そのため、キャラクターの口の動きとセリフがぴったり合い、FPSゲームでの銃声や足音、音楽ゲームのタイミングも完璧に同期します。
動画編集や楽器のモニタリングなど、0.1秒のズレも許されない専門的な現場で有線が必須とされるのはこのためです。音楽ゲームや競技性の高いFPSなど、コンマ数秒のタイミングが重要な用途では有線一択でしょう。
対照的に、ワイヤレスイヤホンはBluetooth通信の仕組み上、どうしても遅延が発生します。標準的なコーデック(SBC)では200~220ミリ秒程度の遅延があり、動画のセリフがわずかに遅れて聞こえることがあります。
YouTubeなどの一般的な動画鑑賞やカジュアルなゲームであれば、最新のワイヤレスモデルでもほとんどストレスなく楽しめますが、やはり「遅延」は一般的にはストレスを感じやすく、快適さの面でも基本的には有線に軍配が上がります。
有線イヤホンとワイヤレスイヤホンのその他の主な違い

有線イヤホンとワイヤレスイヤホンのその他の主な違いには、やはりケーブルの有無が挙げられます。日常的な使い勝手、すなわち「利便性」は、多くの人がワイヤレスイヤホンを選ぶ最大の理由でしょう。ケーブルから解放されることによるストレスフリーな体験は、一度味わうと元に戻れないほどの魅力があります。
とはいえ「ペアリング不要で、デバイスに挿すだけですぐに使える」というシンプルさは、有線ならではの魅力です。また有線イヤホンは基本的に構造がシンプルなため、ワイヤレスイヤホンよりも安価に購入できることが多いです。そのため日常的にイヤホンを使うのではなく、たまに使う程度であれば、有線イヤホンを安価に購入するだけで十分な場合も多いでしょう。
結局、有線イヤホンは「時代遅れ」なのか
有線イヤホンは決して時代遅れではなく、レトロなアイテムでもありません。それは、ワイヤレスイヤホンが提供する「利便性」や「多機能性」とは異なる、「高音質」「接続の安定性」「遅延のなさ」「充電不要の安心感」という、明確で普遍的な価値を持っているからです。
技術の進化により、ワイヤレスイヤホンの音質や遅延は劇的に改善され、多くのユーザーにとって十分満足できるレベルに達しました。しかし、物理的な接続と無線通信という根本的な構造の違いからくる、それぞれのメリット・デメリットは依然として存在します。ワイヤレスが「新しいスタンダード」になった一方、有線は揺るぎないという定番としての地位を保っています。

有線イヤホンは、音質に妥協したくない人、自宅やオフィスなど決まった場所で使う人、遅延を気にする人におすすめです。総じて、高音質かつ、一定の場所で作業したり音を聞く人に向いていると言えます。
一方、ワイヤレスイヤホンは移動の多い人やジム、マラソンをしている人におすすめ。また、高価なワイヤレスイヤホンにはノイズキャンセリング機能がついていることもあり、騒がしい場所で静かに作業したい人にもおすすめです。
※サムネイル画像(Image:Stas Malyarevsky / Shutterstock.com)