NTTドコモが提供する「iD」は、クレジットカードやスマートフォンをかざすだけで支払いが完了する手軽さから、長年にわたり多くの利用者に親しまれています。しかし、そのiDを取り巻く環境が、いま変化し始めていることをご存じでしょうか。

今回はクレジットカード大手である三井住友カードが発表した「iD(クレジット一体型)」におけるiD機能の段階的廃止というニュースをきっかけに、現在の決済市場で一体何が起きているのか、具体的に見ていきましょう。
iD決済は時代遅れになりつつある?

スマホにクレジットカードやデビットカード、プリペイドカードをあらかじめ登録しておけば、店頭の端末にスマホをかざすだけで決済ができるiD。サイフはもちろん、スマホ画面すら開かなくて済むため、実際、筆者もiDが使用できる場面であればほとんどの場合、iDで決済を行っています。

一方、三井住友カードは2025年4月、7月以降に更新または再発行される一部のクレジットカードについて、カード本体への「iD」機能の搭載を終了するという発表を行いました。具体的には、「三井住友カード プラチナ」や「三井住友カード ゴールド」、「三井住友カード(一般カード)」など、多くの主力カードが対象となっています。
つまり、現行のiD一体型カードは期限まで利用できますが、更新時や、紛失・盗難、破損などによる再発行時に、新しいカードにはiD機能が付帯されなくなります。
この背景にあるのは、国内外の決済市場における大きな構造変化、特にVisaのタッチ決済などに採用されるNFCタッチ決済の急速な台頭です。NFCタッチ決済はすでに欧米を中心に主流の決済手段となっています。
また日本でも、NFCタッチ決済は急成長している。Visaワールドワイドジャパンの2025年6月の発表によると、25年3月末時点で、日本国内のVisaカード対面取引におけるタッチ決済の割合が52%に達し、2023年3月時点の25%から2年間で倍以上に増加したとのこと。
先ほど、筆者はiDのメリットについて「スマホを開かなくていい」としましたが、Apple PayやGoogle Payに登録すればNFCタッチ決済が可能であり、「iDである必要性」が薄れてきている可能性は考えられるでしょう。
FeliCaとNFCタッチ決済の違い
iDやQUICPayなど基盤技術であるFeliCaとNFCタッチ決済の違いについてあらためて整理しましょう。
利用者視点の利便性の違い

FeliCaは、ソニーが開発した日本独自の非接触ICカード技術規格です。最大の特長は、約0.1秒という非常に高速な処理速度であり、これは特に日本のラッシュ時の鉄道改札など、瞬時の処理が求められる環境で大きな強みを発揮してきました。
FeliCaは、おサイフケータイの登場とともにモバイル決済の普及を牽引し、長年にわたり日本のキャッシュレス決済市場を支えてきました。iDはNTTドコモが、QUICPayはJCBがそれぞれ主体となって展開し、多くのクレジットカード会社が自社カードにこれらの機能を搭載してきました。
しかし、日本国内では圧倒的な普及度を誇りますが、FeliCa規格は日本とアジアの一部地域に限定されており、国際的な汎用性には欠けます。FeliCaチップの製造コストやライセンス料が、NFC Type A/Bと比較して高めであるとの指摘もあり、こうした点が海外での広がりを阻害してきた可能性は否めません。
カード会社及び加盟店視点での違い

一方で、NFC Type A/BはVisaのタッチ決済やMastercardコンタクトレスの基盤技術です。海外で発行される多くのクレジットカードや、パスポート、運転免許証、マイナンバーカードのICチップなどにも採用されており、グローバルでの互換性が高いのが特徴です。
世界中で同じ端末で利用できる可能性が高く、インバウンド・アウトバウンドの両方で利便性が高いと言えるでしょう。
また、一般的にNFC Type A/B対応のチップやリーダーライターは、FeliCa対応のものと比較して安価だとされています。これにより、カード発行会社や加盟店にとって導入・運用のコストを抑えやすくなります。
なぜカード会社はNFCタッチ決済を推進するのか?
Visaのタッチ決済やMastercardコンタクトレスではNFC Type A/Bが採用されています。これらのタッチ決済が拡大する裏で、三井住友カードがiD機能のカード搭載を順次終了するのは「FeliCa離れ」と言えるかもしれません。
iD搭載の停止とともに、全カードをタッチ決済対応にする方針は、明確にNFCタッチ決済を重視する姿勢を示しています。これは、顧客の利便性向上だけでなく、カード発行やシステム維持に関わるコスト、国際的な標準化への対応といった経営戦略上の判断も含まれていると考えられます。
FeliCa離れは今後も進む?
NFCタッチ決済の波が押し寄せる中、長年日本の非接触決済を支えてきたiDとQUICPayは今後どうなるのでしょうか。まずNTTドコモは、カード会社によるiD離れの動きに対して「引き続きニーズは高い」と反発する姿勢を見せています。
一方、JCBは、QUICPayが2025年4月に誕生20周年を迎え、会員数が3,000万人、利用可能カ所も300万カ所以上に達したことをアピールしており、今後もサービスの提供に取り組む姿勢を示しています。
とはいえiDもQUICPayも同様に、NFCタッチ決済の急速な普及という大きな潮流の中で、独自のポジションをどのように維持・発展させていくかが課題です。NTTドコモ、JCBともに、長年培ってきたFeliCaベースの決済インフラと顧客基盤を活かしつつ、国際標準化の波にどう対応していくのか、その戦略が今後の日本の決済市場の行方を左右する一因となるでしょう。
クレジットカード本体からiD機能がなくなった後、iDを使い続けるには?
カード本体にiD機能がなくなっても、Apple PayやGoogle Payにカードを登録すれば、スマートフォンでiD決済を利用できます。また、iDのみが搭載されたiD専用カードを新たに申し込む方法もあります。
とはいえ「スマホで簡単に決済したい」ということがあくまで目的の場合、iDにこだわる意味はあまりないかもしれません。FeliCa離れが進む中では、QRコード決済やクレカのタッチ決済に乗り換えるのも一案です。
※サムネイル画像(Image:Shutterstock.com)※画像は一部編集部で加工しています