ゲームボーイアドバンスSP(GBASP)やニンテンドーDSを愛用していた方の中には、2005年に任天堂が発売した「プレイやん」及び「PLAY-YAN micro」を覚えている方もいるのでは?
「プレイやん」はゲームボーイアドバンスSPやニンテンドーDSなどを音楽・動画プレイヤーとして使うための周辺機器でした。
言うなれば「プレイやん」及びその後継である「PLAY-YAN micro」はGBASPやニンテンドーDSをiPod代わりにできるデバイスだったとも言えるでしょう。
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GBASPやニンテンドーDSで快適な視聴体験が得られるならば、iPod代わりとしてこれらのゲーム機と周辺機器が定着しても不思議ではありません。これらの携帯ゲーム機は世界的に人気がある端末でもあり、日本発の「iPod代替デバイス」としてゲーム機が人気を博する可能性すらあったでしょう。
しかし結果として、「プレイやん」の市場での評価は芳しくなく、不人気という評価を受けることになりました。
ではなぜ「プレイやん」「PLAY-YAN micro」は市場での評価が低迷したのでしょうか? 詳しく見ていきましょう。いくつかの歯車が噛み合っていたら、もしかしたら「プレイやん」を利用してDSで動画を視聴するのが当たり前になる未来もあったかもしれません。
【1】低解像度と音質の問題
まず「プレイやん」を利用する端末であるニンテンドーDSやGBASPの「低解像度」「音質」が大きな障壁となったと言えるでしょう。
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たとえばGBASPの場合、画面解像度は240×160ピクセルと非常に低く、DSでも192×256ピクセルに留まっていました。このため、動画を再生しても画質が粗く、視聴体験は満足のいくものではなかったと言えるでしょう。同様にフレームレートも低く、動画視聴における没入感は決して高いものとは言えませんでした。
また音楽再生機能も搭載されていましたが、音質は当時の専用音楽プレーヤー(例:iPod)と比較して劣っていました。GBASPやDSのスピーカーはゲーム用に設計されており、音楽再生に適した高音質を提供するものではありませんでした(※MP3のステレオ再生は可)。
「ゲーム機のスピーカーとしては十分だが、音楽プレーヤーとしては不十分」な音質であったと言え、iPod代わりとして使うほどのメリットが大きなものではなかったと言えます。
「iPodを購入するほどの音楽好きや映画好きではないものの、GBASPやDSで音楽や映画は楽しみたい」という方が、SDカードにムービーや音楽を記録して視聴するというようなニッチな需要に向けた機器になってしまった感が否めません。
加えてSDカードの登場は2000年。一方、00年代にはまだSDカードは「デジカメでSDカードを使う」といった用途以外で所有している人が少なかった側面もあり、より「プレイやん」には二ッチ向けの色味が強まった部分もあるでしょう。
【2】ファイル形式と変換の煩雑さ
「プレイやん」はASF形式の動画ファイルに対応しており、同梱ソフト「MediaStage」を使った前処理が必要でした。
なおASF形式で録画可能な機器を家庭でもともと使用していた場合、変換作業は不要となります。一方、00年代当時に使用されていた録画機器が「一般的にASF形式に対応していた」とまでは言えません。
そのため、やはり基本的にはユーザーは専用のソフトウェアを使って動画を変換する必要がありました。このプロセスが煩雑で、一般ユーザーにとってはハードルが高かったことも普及を妨げた要因です。
【3】PSP(PlayStation Portable)の存在
携帯ゲーム機で「動画再生」「音楽再生」を行うという試みは、00年代には他社でも行われていました。その代表格が『PSP』であり、「プレイやん」及びニンテンドーDSとGBASPの組み合わせに比べ、PSPは一歩先へと進んでいた感が否めません。
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2004年に発売されたPSPは動画再生機能を標準装備し、UMDメディアによる高画質コンテンツ提供が可能でした。
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UMDはPSPのゲームソフトウェアだけでなく、映画や音楽などのマルチメディアコンテンツも収録可能でした。
たとえば2005年9月にはフルCG作品『ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン』がDVD版とUMD版のリリースされていることから分かる通り、一定以上の画質・音質が保証されていたメディアだったと言えます。
その後、UMDは下火になるものの00年代前半の時点ではメディアプレーヤーとしての性能を持つゲーム機としては「プレイやん」及びニンテンドーDSより「PSP」に優位性があったと言えるでしょう。
【4】iPodや「着うた」の台頭
2000年代初頭は、AppleのiPodをはじめとするMP3プレーヤーが市場を席巻していた時期でした。さらに同時期に携帯電話が動画再生や音楽再生機能を搭載し始めており、特に「着うた」は爆発的に市場規模が拡大しました。
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着うたは、携帯電話で楽曲の一部(主にサビ部分)を再生できるサービスで、2002年に提供が開始されました。2004年には、楽曲全体を再生できる「着うたフル」も登場し、2009年には市場規模が1,200億円を超える大きな市場へと成長しました。
つまり、動画や音楽の再生という機能自体は、携帯電話を含む他のデバイスでも実現可能であり、より優れた視聴体験を求める場合は、iPodを選ぶのが望ましかったでしょう。(※たとえば、2005年に発売された第5世代iPodは、MPEG-4やH.264形式のビデオ再生、および写真の閲覧に対応していました。)
また、手軽に音楽を聴く手段としては、すでに携帯電話で着うたを楽しむ選択肢が一般的でした。加えて、当時の携帯電話はすでに写真撮影機能を備えていたため、音楽だけでなく、マルチメディア機能を活用することが可能でした。
総じて、「プレイやん」をあえて選ぶ理由は、すでに乏しかったと言えるでしょう。
【5】価格設計
「プレイやん」の価格は当時約5,000円であり、さらに通信販売限定という入手の難しさがありました。加えて、使用するにはSDカードを別途購入する必要があり、そのコストも考慮する必要がありました。
SDカードの価格やニンテンドーDS本体の価格を踏まえると、「プレイやん」はリッチな体験を提供したいのか、それとも手軽さを重視したいのか、その価格設計には中途半端さが否めません。
たとえば、「手軽に音楽を聴きたい」というニーズであれば、携帯電話で着うたを1曲数百円で購入するほうが手軽です。
また、少し予算を上乗せすれば、iPodの安価なモデルを購入することも可能でした。同時期に販売されていたiPod Shuffle(第2世代)は約1万円で入手できました。
一方で、よりリッチな音楽・映像体験を求めるならば、第5世代iPodを選ぶほうが適していました。約3万円で購入可能であり、ニンテンドーDSよりも高品質な音楽や映像を楽しむことができました。
こうした要因が重なり、00年代に期待された「プレイやん」および「PLAY-YAN micro」は、当初の期待ほど高い評価を得ることはできませんでした。ニンテンドーDSで音楽や動画を視聴するという理想は、残念ながら消費者の支持を得られなかったと言えます。
とはいえ、「プレイやん」の着眼点は00年代の時代背景を考えても興味深く、いくつかの要素がうまくかみ合えば、普及する可能性もあったでしょう。
たとえば、ニンテンドーDSやゲームボーイアドバンスSP(GBASP)は世界的に普及した端末であり、初心者や子供のプレイヤーが多いという特徴がありました。
GBAでアニメを視聴できた「アドバンスムービー」のように、子供をターゲットにし、人気のIP(キャラクターや作品)を活用したうえで玩具店などで販売する戦略をとることで、成功の可能性もあったかもしれません。iPodや携帯電話をなかなか買ってもらえない子供にとって、「プレイやん」が最先端のメディアプレイヤーとして受け入れられる道も考えられます。
コンセプトに光るものがあっただけに、「プレイやん」は惜しい試みだったと言えるかもしれません。
※サムネイル画像は(Image:「ゲームボーイアドバンス」公式サイトより引用)