1990年代初頭、ソニーによって世に送り出されたMDは、カセットテープに代わる画期的な録音・再生メディアとして、多くの期待を背負っていました。
高音質、優れた携帯性、そして『マイベストMD』を作りやすい自由度の高さは「携帯性が高い新たな音楽媒体」として支持を集めることに。実際、筆者も好きなアーティスト楽曲をまとめたMDをポータブルMDで聞きながら通学したり、お気に入りのMDを友人間で貸し借りしたりしていました。
つまり、一時期、MDは日本の音楽市場、特に若者を中心に深く浸透し、パーソナルオーディオの主役とも言える存在感があったと言えるでしょう。
しかし、2010年代に入るとその勢いは陰りを見せ始め、2020年代には主要メーカーによるMDメディアや関連機器の生産が相次いで終了しました。
この栄枯盛衰の背後には、一体何があったのでしょうか。今回はMDはなぜCDにはなれなかったのか、具体的に見ていきましょう。

MDは何が革新的な録音・再生メディアだったのか?

1980年代、コンパクトディスク(CD)は急速に普及し、高音質な音楽再生のスタンダードとしての地位を確立しました。しかし、録音メディアとしては依然としてアナログコンパクトカセットが主流であり、その音質、耐久性、操作性(特に頭出しの煩雑さ)には限界が見えていました。

そこで携帯性と優れた音質を兼ね備える新時代のメディアとして、華々しく登場したのがMDです。

まずMDは、データの書き換えが可能な光磁気ディスク(MO:Magneto-Optical disc)技術を応用していました。携帯性が高く、自分で書き込めるというディスク媒体であること自体が、時代背景を鑑みると斬新なことでした。
加えてソニーは独自の音声圧縮技術ATRACを開発し、MDのコンパクトなサイズでも高音質を実現。さらにMDでは、再生データを一時的に半導体メモリに蓄積し(バッファリング)、そこから読み出すことで、物理的なディスク読み取りが振動で途切れてもメモリ上のデータで再生を継続する「ショックプルーフメモリー」技術を搭載することで安定的な再生も実現しました。
『MD』の生産終了について

MDはさまざまな音楽体験の革新をもたらしました。この記事をお読みの方の中にも「マイベストMD」を作り、好きな曲だけを集めたMDをずっと再生していた方も多いのでは?
しかし2010年代に入るころにはMDは大きく下火に傾き、2025年6月現在はすでに生産も終了しています。
『MD(ミニディスク)』はなぜ『CD』のように普及しなかったのか

ご紹介してきたとおり、MDは非常に革新的ではありましたが、良くも悪くも「カセットテープの代替」を目指した媒体であったことが市場での「寿命の短さ」に直結した感は否めません。
CD全盛の90年代~00年代に、本当に「カセットテープの代替」がどの程度必要だったかは微妙なところです。そしてすでに市場で確固たる地位を築いていたCDと比較した際に、いくつかの重要な点で課題を抱えていたのも事実です。これらの課題が、MDが「カセットテープの代替」以上の存在に歯なれず、CDに完全に取って代わることまではできなかった大きな要因となりました。
再生用媒体としてのCDの圧倒的な存在感
MDは録音・再生用MDのイメージが強い一方、実は再生専用MDも市場に流通していた時期があります。
レコード会社がリリースする音楽タイトルのほとんどはCDでしたが、MDフォーマットでリリースされる再生専用ソフト(プリレコーデッドMD)が、ごく一部のタイトルや限定盤で販売されていた期間がありました。
しかし、それはあくまで「限定的」な話。つまりMDは主に「CDからダビングして楽しむための録音用メディア」という位置づけが強くありました。
冒頭でも触れましたが、日本ではCDレンタルビジネスが盛んだったこともあり、「レンタルしたCDをMDに録音してオリジナルのMDライブラリを作る」という利用スタイルが広く普及しました。これはMDの普及を後押しした一方で、MDがCDに取って代わる「一次メディア」ではなく、CDを補完し、持ち運ぶための「二次メディア」という性格を強めることにもつながりました。CDが音楽コンテンツの「原本」であるのに対し、MDはそのコピーというイメージが定着したのです。
MDからのリッピングなど「ファイルの扱い」への過度な制約
MDは1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本国内で大きな人気を獲得しました。特に、CDレンタルショップの全国的な普及と相まって、中高生を中心とする若者層の間で爆発的に広まりました。お気に入りのCDをレンタルし、それをMDにダビングして自分だけの「ベスト盤」や「コンピレーションMD」を作成し、MDウォークマンで通学中や外出先で聴くというスタイルは、当時の若者文化の象徴とも言える光景でした。
一方、MDが「本当に便利でモダンな媒体だったか」には、今の視点から見ると疑問符も残ります。例えば、PCからMDに転送した楽曲を、再度PCに吸い出す(チェックアウト/チェックインの回数制限など)のにも制約があり、これがユーザーの不満を招きました。同時期に普及し始めたMP3フォーマットが、比較的オープンで扱いやすかったのと比較して、ソニー独自のATRACフォーマットと同社独自の著作権保護技術による「囲い込み戦略」は、一部のユーザーから敬遠される要因となったと言えるでしょう。
MP3などデジタルフォーマットの台頭

90年代後半~00年代にかけては、デジタルオーディオ規格が普及し、『iPod』に代表されるプレーヤーが次々登場したこともMDにとっては非常に大きなことでした。
MDはディスクメディアである以上、聴きたいアルバムやプレイリストごとにディスクを交換する必要がありました。一方で、iPodのような大容量DAPは、その手間が完全に不要。さらにMDの容量はiPodの数千曲というライブラリには到底及びませんでした。
さらにPC上でプレイリストを簡単に作成・編集できるiTunesの利便性は、MD本体での編集作業の煩雑さを際立たせました。
iPodの成功を追うように、HDD搭載型DAPや、さらに小型軽量で安価なフラッシュメモリを記憶媒体として使用するデジタルオーディオプレーヤー(DAP)が国内外の多くのメーカーから登場しました。これらのDAPは、PCからMP3などの音楽ファイルをドラッグ&ドロップで簡単に転送できるものが多く、MDはその手軽さでも劣勢に立たされました。結果として、MDの市場は急速にDAPに置き換えられていきました。
【MDのこれから】今でもMDを入手するには?
「今からでもMDを入手したい」場合、ディスクそのものの入手とプレーヤーそのものの入手が必要です。ディスクの生産はすでに終了しているものの、筆者が確認した限り、家電量販店の店頭やECにわずかながら店頭在庫が現存しているケースがあるようです。そのため「MDがまだありそうな店舗」に電話したり、複数巡ってみるのも良いでしょう。その上でプレーヤーそのものは、中古で確保するのが現実でしょう。
本稿ではややMDに対して辛辣なことも述べましたが、それでもMDは、1990年代から2000年代初頭にかけて青春時代を過ごした世代にとっては、当時の音楽や思い出と強く結びついたノスタルジックなアイテムです。お気に入りの曲を集めて作った「マイベストMD」には、その人だけの特別なストーリーが詰まっています。
また、数は少ないながらも、MDの独特の音質や、物理メディアを操作する感覚、MDウォークマンのデザインなどを愛好し、現在も日常的に使用したり、コレクションしたりしているコアなファンやコミュニティが存在します。インターネット上には、MDに関する情報交換を行うフォーラムやブログも見受けられます。
MDは商業的にはその役目を終えましたが、デジタル化への過渡期におけるユニークなメディアとして、そして多くの人々の記憶の中に、その足跡を確かに残しています。
※サムネイル画像は(Image:Konektus Photo / Shutterstock.com)