
映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズで主人公がカセットウォークマンとミックステープを愛用する姿が象徴的に描かれたように、ポップカルチャーにおけるカセットテープの登場は、若い世代がその存在に触れ、興味を持つきっかけとなっています。

とはいえカセットテープは2025年現在から見れば、普通に音楽を再生する媒体としては不便さが際立つものでもあります。それでもカセットテープでの新作リリースなど、カセットテープに人気再燃の傾向が見られる理由は何なのでしょうか。
配信全盛でもカセットテープが「廃れそうで廃れない」理由を見ていきましょう。
「モノ」としての価値
近年、国内外のアーティストが、新譜や復刻盤をカセットテープで限定リリースする戦略を取っています。メジャーアーティストはもちろん、インディーズアーティストや小規模レーベルにとっても、カセットテープは比較的低コストでフィジカルメディアを制作・販売できる手段と言えるでしょう。
たとえば日本では、スピッツが2023年にオリジナルアルバムのカセットテープ版をリリース。歌手のあいみょんさんも2024年にアルバムのカセットテープ版を販売しています。

限定生産されたカセットテープは入手が比較的困難であるため、所有欲を刺激し、ファンにとって特別な思い入れのあるアイテムとなります。また、購入すること自体がアーティストへの直接的な支援につながるため、より強いつながりを感じられる手段にもなっています。これは、音楽ストリーミングサービスにおけるアーティストへの収益分配が必ずしも十分ではないという議論とも関連しており、「モノとして形に残り、なおかつアーティストへの支援になる」という点でカセットテープは存在感を増しつつあります。
カセットテープが持つ、CDや配信にはない独自の魅力とは
もっともアーティストにとっては「CD」も、音源を高音質に記録し、形にできるお手軽な手段です。それでも「カセットテープ」をわざわざ媒体として選ぶアーティストが増えつつあるのはなぜなのでしょうか?
「アナログらしい」音の響き

CDはデジタルメディアであり、その音質はクリアでノイズが少ないことが特徴です。一方、カセットテープはアナログメディアであり、原理的には記録できる情報量に制限がありません。アナログ特有の温かみや丸みのある音、そしてデジタルでは意図的に排除されるヒスノイズ(テープ由来のサーというノイズ)やワウフラッター(テープ走行のわずかな速度ムラによる音の揺らぎ)といった「揺らぎ」が、逆に人間的な味わいや独特の雰囲気として、「エモい」などと捉えられることがあります。
「手間」が生み出す音源への愛着

CDは取り扱いが比較的容易で、特定の曲をすぐに再生できる「頭出し」も簡単です。これは利便性の高さと言えるでしょう。
対してカセットテープは、再生、早送り、巻き戻しといった一連の操作が必要です。A面が終わればB面にひっくり返す、時には鉛筆を使ってテープを巻き戻すといった「手間」が伴います。しかし、この一連の行為そのものが、音楽とじっくり向き合う時間を豊かにし、特別な体験を生み出すと捉えられています。音楽を聴くために必要な一連の所作が、単なるBGMとして消費されるのではなく、一つの作品として大切に扱う意識を育むのかもしれません。
デザインの幅が広く所有の喜びが大きい

CDの所有感は、主にジャケットデザインや歌詞カードによるもの。
カセットテープは、それらに加えてテープ本体(カセットハーフ)のデザイン、ケースの形状や色、手書きも可能なインデックスカードなど、パッケージ全体で独自の世界観を表現できる魅力があります。近年では、カセットハーフのA面・B面全体にフルカラーでグラフィックプリントが可能な技術も登場し、音楽作品としてだけでなく、ビジュアルアイテムとしての価値も高まっています。
なお、こうした「所有の喜び」はアナログレコードにもあるものですが、カセットテープはアナログレコードに比べて「同じアナログ媒体ながら場所を取らない」のも大きな利点でしょう。アナログで音楽を聴く喜びに気付いている一方で、アナログレコードの購入や保管、再生にハードルの高さを感じる層がカセットテープを優先して購入している面もあると言えるかもしれません。
カセットテープとファンコミュニティ

カセットテープという共通の趣味を持つ人の中には、SNS上でお気に入りのテープや再生機器の情報を共有したり、専門店やイベントに集うことでコミュニティを作る人たちもいます。たとえば、国際的なイベント「Cassette Week」(旧称 Cassette Store Day)は、限定盤のリリースやライブイベントを通じて、カセットテープ文化の醸成と市場の活性化に貢献しています(参考:カセットテープの祭典「Cassette Week 2025」10月に開催!)。
専門店の役割も大きい

2024年には大手音楽ショップ「タワーレコード」の渋谷店がレコードフロアを2倍にし、中古カセットコーナーも需要を受けて強化しています。
また、カセットテープを取り扱うのはタワーレコード渋谷店だけではありません。カセットの専門店も市場の盛り上がりを強く支えている存在の1つです。

東京・中目黒にある「waltz」のようなカセットテープ専門店は、単に商品を販売する場所としてだけでなく、カセットテープ文化を発信する拠点としての重要な役割を担っています。店主の角田太郎氏は、Amazon Japanでのキャリアを経てこの店を開業し、独自の審美眼でセレクトした新譜や中古のカセットテープ、関連書籍、ラジカセなどを扱い、新たなファン層を開拓しています。
アーティストとの新たなつながりを生む媒体としての「アナログ」
技術革新が私たちの生活を便利にする一方で、人間的な温もりや手触り感、手間をかけることの豊かさを求めるニーズは、決してなくなることはありません。むしろ、デジタル化が進めば進むほど、アナログ的な体験価値が高まるという指摘もあります。
カセットテープはアナログならではの音の響きを持ちながら、製造コストが安く、デザインの幅も広く、アーティストにとっては「媒体」であると同時に「表現手法」として優れていると言えるでしょう。そしてカセットテープはアーティスト側から「単に配信で曲をリリースするのではなく、モノを売る・買うという行為を通じてファンとの関係値を作る手段の1つ」としても受け入れられつつあります。
これはもっと小さな単位であれば、趣味の音楽活動をする方が即売会で自分の音楽作品を売る場合にも似たことが言えるのではないでしょうか。趣味で作った作品を配信するだけでなく、手渡しでアナログ媒体として売ることにはやはり特有の喜びがあります。
カセットテープは「配信時代だからこそ、アナログ的な体験価値をもたらすもの」としてさらに存在感を増していきそうです。
※サムネイル画像(Image:PhotOleh / Shutterstock.com)