iOSとAndroidの2強体制が長く続く「モバイルOS」ですが、歯車が一つ違えば、『Firefox』が第3のOSとしてシェアを拡大していたかもしれません。
Mozillaが2013年に発表した「Firefox OS」は、Firefoxのブラウザ技術がふんだんに活かされたOSで、少なくとも開発者にとっては魅力的なOSでした。しかし、Firefox OSはわずか3年後、2016年には撤退を表明しています。
魅力的な要素を数多く持っていたモバイルOSである『Firefox OS』は何故、iOSやAndroidになれなかったのでしょうか?
Firefox OSアプリのラインナップと「ユーザー体験の悪さ」
Mozillaが開発したFirefox OSは、2013年に正式リリース。Webブラウザ『Firefox』で用いられるエンジンであるGeckoを主軸の技術に据え、開発されたオープンソースのOSでした。
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つまりGeckoがHTML/CSSのレンダリングを担当し、その一つ上の層であるGaiaがHTML5で作られたUX/UIを提供している形です。総じて、Firefox OSはアプリ開発者にとっては「HTML5とCSS、JavaScriptなどWeb 技術を使用してアプリを作成できる」プラットフォームという特徴がありました。
一方で消費者から見ると、Firefox OSのコンセプトはやや分かりづらく単に「マイナーなOS」に留まった感があります。そのため実際にはアプリのラインナップ拡充も中々進みませんでした。
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加えて2010年代のスマホはまだまだ黎明期で、今日に比べて性能が低かったことも事実です。そしてFirefox OSの搭載スマホにはエントリーモデルの端末が多く、CPU性能が高かったとは言えません。
つまり当時のスマホ向けに最適化されたネイティブアプリに比べ、HTML/CSSとJavaScriptで実装されたFirefox OSアプリがリッチな体験を提供できていたかと言えば微妙です。
OSのコンセプトは明らかに光っていたものの「当時のユーザー体験」としては改善の余地が大きかったのは間違いありません。
繰り返しですが、HTML/CSS、JavaScriptでアプリを開発できるのは「Webアプリとモバイルアプリの開発を同一の技術で進められる」点ではメリットが大きいです。仮に2025年現在であれば、Firefox OSの利点はより注目されていてもおかしくなかったでしょう。
エントリークラスのスマホに注力し過ぎた
Firefox OSは低価格帯のスマートフォン市場をターゲットにしており、スペックの低いデバイスで動作することを重視していました。
たとえばMozilla Japan マーケティングマネージャーの小坂哲也氏は2013年に行った講演で、今後2018年までにスマホシェアの半分が100~200ドルのミドルレンジスマートフォンと100ドル未満のローエンドスマートフォンになると指摘し、Firefox OSはそういった価格帯のスマホでも早く動作すると語っていました。しかし、これにより少なくともアメリカや日本などの市場においては端末の魅力が限定された側面があります。
特に国内では、ガラケーの需要もまだまだ大きかった時代です。ガラケーからスマホに買い替える際、その端末が「初めて触るスマホ」という方も多かったはずです。その初めてのスマホに「新興国で求められるようなエントリークラス」をわざわざ選ぶユーザーは必然的に少なかったでしょう。
実際、Firefox OS搭載スマホは2014年からKDDIが販売パートナーとなって日本でも発売されましたが、大きく注目を集めることはありませんでした。
アプリストアの普及が進まなかった
アプリストアの普及が進まず、開発者やユーザーを引きつけるエコシステムを構築できなかったことも大きな要因です。そのため魅力的なアプリも流通せず、消費者や開発者の関心を引きつけることができませんでした。
2010年代当時の「新興国で求められるエントリークラススマホ」及び「そのOS」の需要を、Firefox OSが読み違えていた可能性があります。
新興国向けのスマホ市場は昨今では注目度が高まっており、東南アジアやアフリカでの通信網整備やスマホ普及は急速に進んでいます。新興国への注力が「10年早かった」感があります。
余談ですが、2025年現在、新興国向けや教育向け利用で愛されている『Chromebook』及び『Chrome OS』はブラウザ技術をベースとしている点で、Firefox OSによく似ています。そしてChrome OSはWindowsともMacとも異なるOSとして存在感があります。
Firefox OSにはChrome OSのように一定の市場を築く可能性も、十二分にあったと言えるのではないでしょうか。
IoTへのシフトと撤退
スマホ市場での苦戦を受け、Mozillaは2016年に戦略転換を発表。Firefox OSの技術をIoT分野に応用し、スマート家電や産業機器向けOSとして再出発を図りました。しかし資金難と技術的課題が重なり、2017年2月、IoT分野参入からわずか1年で開発チームの解散が決定しました。
OSのリリースからわずか3年で方向性を転換し、なおかつ方向転換から1年で解散という「性急さ」がFirefox OSの首を自ら締めてしまった感もあります。
仮にFirefox OSに時間的な余裕や資金的な余裕があり、OS搭載端末が市場に十分に浸透するまで5年~10年というスパンで取り組みを続けることができたら、性急なIoTシフトと撤退はそもそも必要なかったかもしれません。
Firefox OSが残した遺産とは?
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かつての失敗にもかかわらず、Firefox OSが技術界に与えた影響は小さくありません。たとえば、Webアプリの実行環境「Gecko」は軽量OSの基盤技術として進化を続けています。
その一つが「KaiOS」。KaiOSはFirefox OSの技術基盤をベースとしており、実質的なFirefox OSの後継プロジェクトとして位置づけられることもしばしば。KaiOSは新興国で1億7500台以上のフィーチャーフォンに搭載されています。
Firefox OS自体は商業的に失敗したものの、新興国での軽量OSとエントリーモデル端末の普及という描いた夢自体はいまも続いていると言えるかもしれません。
※サムネイル画像は(Image:「Wikipedia」より引用)