
ガラケー全盛期の1990年代~2000年代は、外出先でバッテリーが切れそうになったとき、カバンから予備のバッテリーパックを取り出して交換するのは珍しくありませんでした。また、バッテリー部分にこっそり恋人とのプリクラを貼っていた、という思い出を持つ人も少なくないのではないでしょうか。
しかし、携帯電話が「ガラケー」といわれるようになり、スマホ全盛期の今、バッテリー交換は、もはやユーザーが簡単に行える作業ではなく、「修理」という専門的な領域へと移行しました。さらにスマホの買い替え動機の代表的な要因は、「バッテリーの劣化」ともなっています。
昨今のスマホはOSやセキュリティアップデートそのものは長期化しており、裏を返せばバッテリー交換さえ可能ならもっと長く一台のスマホを使い続けられるはずなのです。
なぜ、現代のスマートフォンでは、バッテリーを自分で交換することがこれほどまでに困難になってしまったのでしょうか?

なぜガラケーはバッテリー交換が容易だったのか?

ガラケー時代のバッテリー交換が容易だったことを理解するには、当時の携帯電話の性能や設計思想を振り返る必要もあるでしょう。
まずは「消費電力」の小ささです。同時代の製品は800mAh前後が一般的でした。これは、5,000mAhが標準的になりつつある現代のスマートフォンと比較すると、数分の一の容量です。容量が小さいということは、バッテリーパック自体の物理的なサイズも小さく、軽量であったことを意味します。
第二に、製品の設計思想そのものが「ユーザーによるバッテリー交換」を前提としていました。特別な工具を一切必要とせず、誰でも簡単にバッテリーにアクセスできる設計が徹底されていたのです。多くのガラケーでは本体背面のカバーは爪で引っ掛けるか、簡単なロック機構をスライドさせるだけで取り外すことができ、スマホのような密閉性はありませんでした。
スマホからバッテリー交換の自由度が薄れたのはなぜ?
スマホでバッテリー交換が難しくなった理由は、防水・防塵性能が向上したこと、スマホの薄型化と大容量化の両立、安全確保などが挙げられます。

防水・防塵性能との兼ね合い
かつて携帯電話は水や埃に弱い精密機器の代表格でしたが、2025年現在では防水・防塵性能はスマートフォンの標準機能の一つとなっています。スマホは今や生活インフラであり、屋外の過酷な環境でも快適に端末が使えることは必要不可欠です。
この性能向上に大きく貢献したのが、バッテリーの内蔵式化です。筐体を継ぎ目なく密閉できる内蔵式は、高いレベルの防水・防塵性能を安定して確保するための、最も合理的で確実な方法でした。
高性能化と大容量化の両立
スマートフォンは、その小さな筐体にパソコン並みの処理能力を詰め込んでいます。高精細なディスプレイ、高性能なプロセッサ、多数のセンサー。これらすべてが大量の電力を消費します。この増大し続ける電力需要に応えるためには、バッテリーの大容量化が不可欠です。しかし、前述の通り端末は薄型化が求められます。この「薄型化」と「大容量化」という二律背反の課題を解決する鍵も、内蔵式バッテリーにあります。
バッテリーの交換性を犠牲にすることで、着脱可能なバッテリーカバー分の体積を削減し、端末内部のわずかな隙間も無駄にすることなく、バッテリーで満たすことが可能になるためです。結果として、同じ体積でもより大きな容量を確保できるようになりました。
内部構造の複雑化と安全確保
現代のスマートフォンの内部は、メイン基板、無数のセンサー、カメラモジュール、アンテナなどが極めて高密度に実装されています。このような環境で、知識のないユーザーがバッテリー交換を試みることは、非常に高いリスクを伴います。
バッテリー交換には実質的な「分解」の工程が伴い、誤った手順はリチウムイオン電池の発火などの危険を伴うためです。ユーザーの過失による故障や事故を防ぎ、製品の信頼性を維持するためにも、内部を密閉構造にせざるを得ない理由の一つです。
今後は「バッテリー交換」が当たり前に?「修理する権利」の今
このように長らく続いたバッテリー内蔵式が当たり前の時代は、今、大きな転換点を迎えようとしています。消費者の権利意識の高まりと、環境問題への関心の増大を背景に、「修理する権利(Right to Repair)」という世界的なムーブメントがその背景にあります。
「修理する権利」とは、消費者が購入した製品を、メーカーだけでなく自分自身や独立した修理業者によって修理できるように、部品、工具、診断情報、マニュアルへのアクセスを求める社会運動です。
この動きは特に欧米で活発化しており、多くの州や国で法制化に向けた議論が進んでいます。特に活発なのはEUであり、EUは2027年までに、スマートフォンを含む多くの電子機器において、ユーザーが容易にバッテリー交換を行えるよう、市販の工具での交換を可能にするか、専用工具を無償で提供することを義務付けることを決定しました。これは、グローバルに製品を展開するすべてのスマートフォンメーカーにとって、設計の根本的な見直しを迫る、極めて強力な規制です。
「修理する権利」という大きな潮流の中で、バッテリー交換の容易さを製品の核となる価値として掲げるスマートフォンも、再び注目を集めています。その代表格が『FairPhone』です。

オランダ発のFairphoneは、「修理しやすさ」と「サステナビリティ」をコンセプトにしたスマートフォンのパイオニアです。その設計は徹底してモジュール化されており、新モデルの「Fairphone 6」は、わずか7本のネジを外すだけで、ユーザー自身が簡単にバッテリーを交換可能です。
カメラやUSBポート、スピーカーといった他の部品も個別に交換可能で、一つの部品の故障が端末全体の寿命を決定づけることを防いでおり、加えてセキュリティアップデートの保証も極めて長く提供されます。
ガラケーの時代に比べ、スマホは部品の交換性をいわば「犠牲」にする代わりに、ハイエンド化と性能向上を推し進めてきました。
私たちは今、その揺り戻しとも言えるフェーズの幕開けに立っています。電子廃棄物の増大という地球規模の課題と、消費者の権利意識の高まりを背景とした「修理する権利」という世界的な潮流は、これまでメーカー主導で形成されてきた市場のルールを根底から覆す可能性を秘めています。EUが主導する法規制は、メーカーに「修理しやすさ」を設計思想に組み込むことを強制し、Fairphoneのようなサステナブルな製品が注目を集める土壌を育んでいます。これは、私たち消費者の選択肢が、再び広がることを意味します。
もっとも日本では「修理する権利」の議論が欧米に比べるとどこか立ち遅れている感も否めません。先に述べたFairphoneも日本で入手しやすい端末とは言えません。
とはいえ修理する権利が、日本でも注目される消費者の権利と化す日はそう遠くないでしょう。スマホのバッテリー交換を、消費者がガラケーのように簡単にできる日は案外近いのかもしれません。