近年、「グラフィックボード」の転売が常態化しています。特に、NVIDIAに代表される主要メーカーの最新パーツは、発売直後から転売市場で高値取引されることが多く、消費者にとって入手が困難な状況が続いています。
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たとえば2025年1月にはパソコンショップの「パソコン工房」の秋葉原本店が「GeForce RTX5080/5090」を抽選制で販売しましたが、その抽選券をめぐり、販売店に多くの購入希望者が押し寄せて警察が出動する事態となりました。
なかにはフェンスを乗り越えて隣接する幼稚園に侵入した人もいたといい、結局抽選会は中止になり、パソコン工房は公式SNSで謝罪しています。
隣接する幼稚園の敷地に侵入してまでグラフィックボードの入手を試みる人物が出るほど、グラフィックボードの価値が上昇しているのだとすれば、それは異常な事態でもあります。
このような市場のひずみは、どのようにして生じたのでしょうか?
本記事では『そもそもなぜグラフィックボードは転売されるのか』、その転売の背景にある構造的な問題とその影響について掘り下げていきます。
半導体不足とサプライチェーンの混乱
先の「RTX5090騒動」に代表されるように、グラフィックボードの品薄状態や転売は近年、良くも悪くも常態化しています。
特にここ5年ほどはその傾向が顕著でした。大きな要因には、半導体不足や新型コロナの感染拡大に伴う国際的なサプライチェーンの混乱などが挙げられます。
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加えてPlayStation 5に代表される新型ゲーム機の登場が時期を同じくしており、事前の予測通りすぐに品薄に陥ったことも、転売の増加に拍車をかけたと言えるかもしれません。
ちなみにPS5が発売された2020年、オラクルのデータエンジニアであるMichael Driscoll氏がアメリカのeBay上で販売されている製品リストについて分析するスクリプトを作って分析したところ、製品の中でもっとも多く転売されていたものがPS5だったことが判明しています。
総じて、サプライチェーンの混乱が大きな時期に新型ゲーム機が登場し、半導体不足がかつてないほど深刻化した結果、グラフィックボードの転売に最初の火が付いたと言えるでしょう。
AI開発需要に伴って「グラフィックボード」需要が急拡大
そしてPS5の需要や新型コロナでの国際的なサプライチェーンの混乱が少々落ち着いた中で、急激に需要が高まっているのが「AI」です。
生成AIの開発競争はいまや世界中で巻き起こっていますが、その開発に必須なのが『計算資源』であり、その計算資源を支えるのがグラフィックボードです。
OpenAIのサム・アルトマン氏は2025年2月に東洋経済オンラインのインタビューに対し、今後もGPTシリーズが進化していく可能性を示唆しつつ、「数字が1上がるごとに、必要な計算量は100倍になってきていたので、GPT-5.5の頃には現在の100倍の計算能力が必要になります」と述べています。
AIの開発競争が過熱する中で、後述するように諸外国への『迂回輸出』が生じ、そのことがグラフィックボードの入手難易度を高め転売をさらに過熱させている可能性も高いでしょう。
グラフィックボードには「供給の制約」も存在する
このようにAIの需要が拡大しても、グラフィックボードの生産量を急激に拡大することはメーカーにとって簡単ではありません。
その要因にはまず半導体不足が挙げられます。加えて、グラフィックボードの製造は国際的な分業体制に支えられており、製造体制もサプライチェーンも複雑であることが挙げられます。
まずNVIDIAの場合、同社は設計に特化したメーカーであり、製造は外部に委託しています。
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たとえばチップの製造プロセスは、台湾のTSMCや韓国のSamsungなどの最先端ファウンドリに委託されており、これらの企業は莫大な設備投資を行っており、新規参入が困難な状況。加えて製造された半導体は、最終的に東南アジアの国々で組み立て・テストが行われています。
この国際的な分業体制は、一つの企業や国では実現できない複雑な製造プロセスを支えていますが、同時に供給の制約要因にもなっています。地政学的リスクやサプライチェーンの混乱が発生すれば、グラフィックボードを含む半導体業界全体に影響を及ぼす可能性があります。
そのため供給に制約が生まれやすい状態だと言えるでしょう。
転売が発生する基本的な要因
需要が高い反面、供給に制約があるパーツは「転売屋」にとっては狙い目であることは間違いありません。
なぜなら、
・正規価格と実際の市場価格の乖離があるもの
・希少性が高いもの
・地理的価格差があるもの
などは転売が基本的に発生しやすいためです。
たとえば2021年にNVIDIAが仮想通貨のマイニング性能を制限したグラフィックボードを発表するまで、NVIDIAのパーツはマイニング目的での買占めや転売が目立つ状態でした。
マイニングを行う個人・法人にとってはグラフィックボードが市場価格より高かったとしても、マイニングで得られる仮想通貨の収益及び仮想通貨そのものの値上がりの方が大きかったためです。またそうした収益性に目を付けた転売屋がグラフィックボードの転売価格自体を吊り上げる状態でした。
「迂回輸出」が発生している可能性も
先に述べた「転売が発生しやすい」要因のうち、AI需要の高まりで良くも悪くも注目されているのが中国におけるグラフィックボード需要です。
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たとえば中国の生成AI「DeepSeek」は、それまでほとんど無名だったにも関わらず、2025年1月に最新モデル「DeepSeek-R1」で世界中から注目を集めることになりました。これをきっかけに、中国はAI開発において急激に存在感を増しています。
一方でアメリカのトランプ政権はNVIDIAの対中販売を規制する流れがあり、中国国内ではアメリカから直接大量のGPUを輸入することが難しくなりつつあります。冒頭で紹介したグラフィックボードの転売騒動に対しては、一部で「秋葉原が迂回輸出ルートとして使われた」という推測も広がっています。
無論、日本国内の店舗での購入とその後の転売が迂回輸出と直結しているかは厳密には不明です。
一方でグラフィックボードが仮に国内で買い占められたのちに、輸出されているとすれば「貴重な計算資源が国外に流出している」「純粋にグラフィックボードを購入し、ゲームなどを楽しみたい個人にネガティブな影響を与える」などさまざまな点で国内に悪影響を及ぼします。
今後、国内販売店では「転売目的の購入者」への対応策がより大きな課題になるかもしれません。
※サムネイル画像(Image:Skrypnykov Dmytro / Shutterstock.com)