深夜放送文化などで一時代を彩った「AMラジオ放送」で、FM放送への転換や一部サービスの休止などが相次いでいます。ラジオ放送そのものはテレビともインターネットとも異なる媒体として2025年現在も特有の人気を維持しているものの、AMラジオは大きな岐路に立たされていると言えるでしょう。

AMラジオは時代遅れの放送技術として、このまま衰退していくのでしょうか。なぜこのような転換期を迎えているのか、その背景を具体的に見ていきましょう。
AMラジオはなぜ今、転換期を迎えているのか?

AMラジオ局が転換期を迎えている最大の要因は「経営の圧迫」です。まず、送信設備の老朽化が深刻です。総務省の「令和6年版 情報通信白書」によると、民間AMラジオ放送事業者が使用しているAM送信設備の多くは設置後50年以上が経過しているとのこと。老朽化が深刻化しており、更新費用が経営上の課題になっています。
さらに、AMラジオの難聴対策などを目的に導入されたFM補完放送(ワイドFM)の開始は、多くのAMラジオ局にとってAMとFMの両方の設備を維持・運用するという二重のコスト負担を生じさせています。
総務省がAM局の放送休止とFM移行を特定措置で許可
このような状況を受け、国や業界団体も動き出しています。総務省は2024年と2025年の2回にわたり、「AM局の運用休止に係る特例措置」として、AMラジオ放送事業者が経営判断として運営負担の大きいAM局を休止し、FM局に転換した場合の影響を検証するため、一定期間AMラジオ放送を休止できる特例措置を設けました。この特例措置は、放送事業者がAM放送からFM放送への移行を円滑に進めるための環境整備の一環と位置付けられています。
また、日本民間放送連盟(民放連)は、多くのAMラジオ局が2028年秋までにFM局へ移行することを目指す方針を示しています。すでにこの特例措置を利用して、全国の複数のAMラジオ局が順次、一部地域または全域でAM放送を一時休止し、FM放送(ワイドFM)やインターネット配信(radikoなど)による代替放送を行いつつ、リスナーへの影響などを検証しています。
AMラジオは時代遅れ?放送休止は「リスナーへの影響」はある?

日本のラジオ放送は、1925年(大正14年)3月22日、社団法人東京放送局(現在のNHK東京放送局)による仮放送の開始によって始まりました。そして戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、AMラジオは人々の生活に深く浸透し、1960年代後半から1970年代にかけて深夜放送文化が隆盛を極めます。この記事をお読みの方の中にも、学生時代に深夜ラジオを聞きながら勉強した経験がある方は多いでしょう。
AMラジオの転換期は長年ラジオを愛聴してきたリスナーにとって、聴取習慣やメディアとの関わり方を見直すきっかけとなるとも言えるかもしれません。
AMラジオリスナー層の現状と変化
AMラジオの主なリスナー層は中高年層であり、特に習慣的に聴取している人が多いとされています。
総務省の「ラジオ放送聴取等の実態に関する調査研究報告書(令和6年3月)」によると、AM放送の聴取頻度は他のラジオ媒体(FM放送、インターネットラジオ)と比較して最も高く、習慣化している層が多いことが示されています。
さらにラジオ聴取者全体(35.6%)のうちAMリスナーは26.0%で、特に男性の60代~70代、女性の70代で聴取率が高い傾向が見られます。
この世代の方にとっては、AM送信設備に基づいて放送されるAMラジオの番組は数十年以上にわたって親しんできたなじみ深いメディアと言えそうです。
聴取デバイスと聴取スタイルの多様化

一方で、若年層のラジオとの関わり方も変化しています。radikoやポッドキャストといったデジタルプラットフォームを通じてラジオ番組に触れる若者が増えています。
ラジオを聴くためのデバイスは、従来の据え置き型ラジオ受信機やラジカセなどの専用機器から、スマートフォン、カーラジオ(カーナビ)、スマートスピーカーへと大きくシフトしているとも言えるでしょう。radikoやポッドキャストで番組を楽しむ層にとっては、AMラジオのFM転換などはそもそもあまり問題がないことだとも言えるはずです。
FMの弱点

AMラジオのFM転換の影響を大きく受けるのは、AM送信設備に基づいて配信されるAMラジオを長年楽しみ、なおかつradikoなどには親しみがない方でしょう。そうした方にとっては、AMラジオのFM転換は「音質向上」のメリットがある一方で、デメリットもあります。
AM放送の電波は広範囲に届きやすい特性がありましたが、FM放送は一般的にAM放送よりもサービスエリアが狭くなる傾向があります。そのため、特に山間部やこれまでAM放送を遠距離受信していた地域では、FM転換によって放送が聴き取りにくくなる、あるいは聴取できなくなる可能性が懸念されています (デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会事務局「AM局の運用休止について」)。
また、AMラジオ局の中には、AM番組をFMで放送する「ワイドFM」への移行を検討する局もあります。しかしワイドFMを受信するためには対応受信機が必要で、受信機の普及は道半ばです。
AMラジオは「終わる」のか?
FMラジオにはAMラジオにはない弱点もありますが、それでも送信設備が比較的安価に整備できる点などメリットは大きいです。そのため日本国内では、やはり2028年秋のAM放送原則終了という目標に向けて、業界全体がFM放送とインターネット配信を両輪とした体制構築が進んでいます。AMラジオはその役割を終えるのでしょうか?
実は諸外国ではAMラジオの閉局やFM移行が日本より先行して進んでいるケースが散見されます。ヨーロッパでは、多くの国でAM放送の停波や縮小が進み、DAB(Digital Audio Broadcasting)やDAB+といったデジタルラジオ規格への移行が進んでいます。たとえば、英国、ドイツ、フランスなどではすでにAM放送の役割が大きく低下しています (総務省「諸外国におけるラジオ放送の動向(2019年)」)。
地域におけるAMラジオの役割は?
もっとも、先にも述べた通り、山間部など「AM放送が受信しやすい一方で、FM放送やインターネットの接続には難がある」地域もあるでしょう。特に地方のラジオ局にとって、地域社会との連携はその存在意義を示すうえで極めて重要です。地域に密着した情報発信拠点としての機能を強化し、ローカルニュースや生活情報をきめ細かく提供することは、地域住民からの信頼を得るための基本であり続けてきました。
そのためラジオ局にとってはAM放送の停波や縮小を進めながらも、地域社会における役割を担保し続けることは重要な課題です。たとえば災害時における情報伝達手段としての役割は、AM放送からFM放送やインターネット配信に移行しても変わらず重要です。むしろ、多様な伝達手段を確保し、いかなる状況下でも確実に情報を届けられる体制を構築することが求められています。AMを即時に停止するのではなく、段階的に縮小しつつ、緊急時には山間部などでも受信しやすいAMでの災害放送を限定的に再開するといった判断も今しばらくは求められるかもしれません。
AM放送の休止やFMへの転換は、確かに一つの時代の区切りを意味します。しかし、それはラジオというメディアの本質的な価値が失われることを意味するものではありません。電波の形態が変わろうとも、音声を通じて情報を届け、その地域の人々の心に寄り添い、コミュニティを繋ぐというラジオの基本的な使命は不変です。
ラジオが今後もリスナーに愛され、社会に貢献し続けるためには、AMラジオがこれまで果たしてきた役割を、FM放送やradikoのようなデジタルプラットフォームに丁寧に引き継ぐための、十分な移行期間が確保されることが望まれます。
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