
2019年、Appleはゲーム業界に『Apple Arcade』を新たなサービスとして投入しました。特徴は、広告も追加課金も一切ない、高品質なゲームが遊び放題になるという、モバイルゲームの常識を覆す画期的なサブスクリプションサービス(以下サブスク)というもの。しかし、サービス開始から数年が経過した現在、そもそもApple Arcadeを知らない人が多く存在する状況になっています。
一方で、同じくゲームのサブスク市場を牽引するMicrosoftの「Xbox Game Pass」は、業界の話題を独占し続けています。Appleという世界有数のブランドが手掛けるサービスが、なぜXbox Game Passのような市場を揺るがすほどの存在感を示せていないのでしょうか。
似て非なる二つの「ゲーム遊び放題」
本格的な分析に入る前に、まずはApple ArcadeとXbox Game Passの基本的な仕様を見ていきましょう。
Apple Arcadeは、月額900円(税込)という非常にシンプルな単一プランを採用しています。この価格で、200以上の全タイトルにアクセスでき、自分を含めた家族6人まで追加料金なしで共有可能です。さらに、Apple MusicやApple TV+、iCloud+ストレージなどがセットになったバンドルプラン「Apple One」(個人プラン月額1,200円から)に含まれており、多くのユーザーはバンドル経由で利用していると見られます。
つまり、ユーザーに個別のサービスを選択させる手間を省き、「Appleのエコシステム全体」の価値を高めることを目的としていると言えるでしょう。その結果、良くも悪くも、「Apple Arcade」がApple製品やその独自規格のエコシステムの一部のサービスに過ぎないとも言えます。サービスの性質こそ違いますが、たとえばユニバーサルクリップボードやAirDropのように「Appleのユーザーなら使いやすいが、そうではない人には縁が遠いもの」です。

一方で「Xbox Game Pass」はユーザーのプレイスタイルに合わせて複数のプランを用意しており、その名前とは裏腹にXboxユーザーではなくとも比較的使いやすいサブスクです。

たとえばPC Game PassはWindows PCでプレイするユーザー向けで、月額990円(税込)。EA Playのメンバーシップも含まれ、人気が高いです。また中核となるのはもちろんXboxコンソールとWindows PCですが、最上位のUltimateプランではクラウドゲーミング技術(Xbox Cloud Gaming)を活用し、iPhoneやAndroidスマートフォン、タブレット、さらには一部のスマートTVでもXboxのゲームがプレイ可能です。
これにより、Microsoftは自社ハードウェアを持たないユーザー層にもリーチを広げています。これはAppleの閉じたエコシステムと好対照を成しています。
コンテンツ戦略の違い
サブスクサービスの魅力を決定づけるのが、他では遊べない「独占タイトル」の存在です。

Apple Arcadeは数々の独占タイトルを擁しています。2023年のベストApple Arcadeゲームに輝いた名作、『Hello Kitty Island Adventure』がその代表例です。Appleの独占タイトルは独創的で高品質な作品が多いのも事実で、広告や課金要素がないクリーンな体験は高く評価されています。
しかし、その多くはモバイルゲームの文脈で語られる作品であり、ゲーム市場全体を揺るがすほどのインパクトを持つには至っていません。また、当初は独占だったタイトルが、後に他プラットフォームへ移植されるケースも増えており、独占性の価値が相対的に低下している側面も見受けられます。
一方でMicrosoftは、Xbox Game Passの最大の武器として「Microsoft傘下のスタジオが開発する超大作(AAAタイトル)が発売初日(Day One)から追加料金なしで提供される」という戦略を採っています。
通常であれば8,000円以上するようなゲームが、発売と同時にライブラリに加わるのは、ゲーマーにとって「Game Passに加入していれば、今年の話題作を買い逃す心配がない」という強力なインセンティブです。この「Day Oneリリース」戦略こそが、Xbox Game Passを単なる「お得なパック」から、「ゲームの新しい買い方」へと昇華させたキラーコンテンツです。
Appleの独占作品の品質が低いというわけではありませんが、Xbox Game Passが与えたゲーム業界へのインパクトの大きさに対しては見劣りする感が否めません。Xbox Game Passは「ゲームのサブスク」としてすでにゲーム業界に君臨していることは間違いありません。
Appleのエコシステムの功罪
Xbox Game PassにありApple Arcadeにはない要素は、突き詰めると「オープン性」や「間口の広さ」でしょう。

Apple Arcadeをプレイするためには、iPhone、iPad、Mac、Apple TVといった、比較的高価なApple製デバイスのいずれかが必要不可欠です。これは、世界に数十億台存在するAppleデバイスのユーザー基盤を考えれば巨大な市場に見えるものの、ゲーム市場全体から見れば、それは一部に過ぎません。世界のゲーム市場で最大のプラットフォームは依然としてWindows PCであり、家庭用ゲーム機市場ではソニーのPlayStationや任天堂のSwitchが大きなシェアを占めています。
Appleの「自社ハードウェアありき」の戦略は、これらの巨大なゲーマー人口を最初から対象外としてしまうことを意味するのです。しかもMacには「目当てのプレイしたいゲームに対して性能が低い場合に、CPUやグラフィックボードをアップグレードする」という自由度がありません。
エコシステムへの「ロックイン」はApple全体の顧客ロイヤルティを高める効果はあるかもしれませんが、ゲーム業界に限って言えば、新規顧客獲得の機会を大きく損失していると言えます。

とはいえ、もはやApple Arcadeは、Appleのエコシステムを外れる決断もしづらい存在となってしまったと言えるでしょう。アメリカでは、Apple Arcadeは単体サービスとしては利益が出ておらず、Apple Oneバンドルによって加入者数と収益が支えられているとも報じられています。
ゲーム市場は、オープンなサブスクモデルへと確実に、そして不可逆的にシフトしています。この巨大な波の中で、Appleは大きな分岐点に直面しています。このまま「エコシステムの付加価値」としてゲームを扱い続けるのか、それともゲームを独立した事業として再定義し、市場の覇権を本気で狙うのか。ゲーム分野におけるAppleの今後は、今後の大胆な投資と、ゲーム文化への深い理解とリスペクトを行動で示せるかにかかっていると言えるかもしれません。
※サムネイル画像は(Image:「Apple Arcade」公式サイトより引用)