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日本のガラケーはなぜ「iPhone登場以前のスマホ市場」に進出できなかったのか?

【3G停波で幕】なぜ日本は「ガラケー」で世界を獲れなかったのか?iPhone以前のスマホ市場を振り返る1
(Image:Shutterstock.com)
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2026年3月31日に終了するドコモの3Gサービス。すでに、au、ソフトバンクも3G回線の提供を終了しているため、これにより日本の3G回線はすべて終了し、「ガラケー時代」は名実ともに幕を閉じます。

かつて、日本の携帯電話(ガラケー)は世界最先端を走っていました。インターネットが見られる「iモード」や高機能なカメラ、おサイフケータイなど、今のスマホの原型とも言える機能が20年も前から揃っていたのです。

しかし現在、スマホ市場をリードしているのは米国のApple、中国のファーウェイ(HUAWEI)、韓国のサムスンなど。今日の4G・5G通信網においても、日本は世界有数の通信品質を持ちながらも、通信機器のシェアや技術的優位性(特に5G分野)では、海外諸国に主導権を握られているのが現状です。

なぜ、あれほど高度な技術を持っていた日本は、iPhone登場以前の「スマートフォン市場」で世界を獲れなかったのでしょうか?その理由を、通信業界の歴史と共に紐解いていきましょう。

iPhone登場以前の「スマホ」はどんな姿だった?

「iPhoneが世界初のスマホ」と思われがちですが、実はそれ以前から「スマートフォン」と呼ばれる端末は存在していました。

2000年代、特に欧米で主流だったのは『BlackBerry(ブラックベリー)』や『Palm(パーム)』といった端末です。これらは、電話機能に加えてアルファベットのフルキーボードを備え、メールやスケジュール管理ができる「ビジネスパーソン向けの携帯情報端末(PDA)」として普及していました。

iPhone登場以前の「スマホ」はどんな姿だった?1
(Image:mikeledray / Shutterstock.com)

当時のスマホは「手帳の進化系」という側面が強く、現在のスマホのように「動画やSNSを楽しむエンタメ機」としての側面はまだ薄いものでした。

今や中国勢が圧倒?通信業界のパワーバランスの変化

5G通信が当たり前となった今、インフラ(基地局など)の世界シェアで大きな存在感を放っているのは、中国のファーウェイです。

今や中国勢が圧倒?通信業界のパワーバランスの変化1
(画像は「ファーウェイ」公式サイトより引用)

ファーウェイは圧倒的な研究開発費を投じ、5Gに関する特許数やコストパフォーマンスで世界をリードしています。対して日本メーカーは、かつて国内市場で培った高い技術力がありながら、現在の5G基地局シェアやスマホ本体のグローバルシェアでは苦戦を強いられています。

日本が通信業界で世界をリードしていたのは、「iPhone登場以前まで」と言えるでしょう。では、なぜ日本は当時のアドバンテージを活かして世界市場へ進出できなかったのでしょうか?

ガラケーが海外進出に失敗した「4つの壁」

日本のガラケーが世界へ羽ばたけなかった理由は、単なる技術力不足ではなく、当時の日本の通信環境特有の「構造」にありました。

「キャリア主導」による端末開発と海外展開の問題

当時の日本の携帯開発は、NTTドコモなどの「通信キャリア」が主導していました。キャリアが仕様を決め、メーカー(NEC、パナソニック、シャープなど)に開発を依頼する形式です。

・日本: キャリアが端末の仕様から販売まで全てをコントロール。
・海外: ノキアやモトローラなどのメーカーが主導し、端末を世界中に販売。

つまり海外では端末の仕様はメーカーが主導し、キャリアはSIMカードの販売をコントロールするという状況でした。日本のガラケーが海外進出できなかった理由として、しばしば指摘されるのが「契約と端末の抱き合わせ」のせいで、端末メーカーが野心的な製品開発をできなかったという点がしばしば指摘されます。

ただし、もし歯車が一つ変わっていれば、日本のメーカーが00年代当時、ノキアやモトローラを上回る端末をリリースできた可能性も十分にあるでしょう。日本のキャリアの悪癖のように語られがちな「契約と端末の抱き合わせ」も、まだ00年代当時ならば海外で受け入れられた可能性もあります。

たとえば『SIMロック』は、実はヨーロッパ発の方式です。1993年にイギリスの後発キャリアが実施したのがSIMロックの発祥だと言われています。

「キャリア主導」による端末開発と海外展開の問題1
(画像はスマホライフPLUS編集部作成)

つまり「契約と端末の抱き合わせ」自体は日本の通信業界の悪癖ではありますが、2000年代に日本のガラケーが海外進出できなかった「最大の要因の一つ」と言うべきなのかもしれません。

技術規格の「非互換性」(ガラパゴス化)

「契約と端末の抱き合わせ」以外の大きな論点としては、技術規格の非互換性が挙げられます。

日本独自のPDC方式と、海外で主流のCDMA/GSM規格間には周波数帯・通信プロトコルに根本的な差異が存在していました。

まずPDCは、NTTの研究所で開発され、1991年に規格が制定されました。その後、1993年に、NTTドコモがPDC方式による携帯電話サービスを開始しています。

一方で2000年代の米国移動通信市場は「CDMA規格」が支配的で、日本のPDC方式とは根本的に互換性がありませんでした。NTTドコモのiモード端末は800MHz帯域に最適化されており、VerizonやSprintが運用する1900MHz帯のCDMAネットワークでは正常動作しなかったのです。

つまり日本のキャリアが自社の通信方式と端末を海外に輸出するとしても、まったく現地の規格と互換性がありませんでした。

日本と諸外国で、携帯電話の利用ニーズ自体に大きな差があったわけではありません。それにもかかわらず、日本はなぜPDCという独自の規格を採用してしまったのかというのは検証されるべき点ではあるでしょう。

かつての電話の世界では、国内だけの規格統一で問題ありませんでしたが、現代のITの世界では世界中で統一規格が普及していることが、サービスのスムーズな展開やグローバル対応の面で非常に重要です。

「iモード」という閉鎖的なエコシステム

1999年に登場した「iモード」は、モバイルインターネットの先駆けとして革命的なサービスでした。しかし、これはドコモのネットワーク内で完結する「閉じた世界」でした。

技術規格の「非互換性」(ガラパゴス化)1
(画像は「photoAC」より)

たとえば90年代~00年代にかけ、iモード端末には『i』ロゴボタンが配置されていました。そのボタンを押すことで、iモードに接続可能でした。iモードの利用に慣れていない90年代~00年代の携帯電話利用者にとっては極めて分かりやすい設計である反面、携帯電話として見ると特殊設計端末であることも事実です。

仮に海外にゼロからIP接続サービスを輸出したとしても、そのユーザー数がどの程度伸びるかは不透明。なおかつ特殊設計端末であったことから、端末そのものの製造コストもかさみます。

よく言えばメイドインジャパン品質の携帯電話とIP接続サービスである一方、悪く言えばサービスの輸出ハードルが高いものでもあったと言えるでしょう。

法人営業体制の不足

冒頭で触れた通り、当時の海外スマホ市場は「ビジネス利用(メール・スケジュール管理)」がメインでした。BlackBerryなどが成功したのは、企業向けにサーバーと端末をセットで売り込む「強力な法人営業」があったからです。

法人営業体制の不足1
(画像は「Amazon」より引用)

一方、日本のガラケーは「個人が楽しむエンタメ」に特化していました。技術的には勝っていても、現地の企業ニーズに応える販売網やサポート体制が整っていなかったのです。

日本のガラケーは、間違いなく時代を先取りしていました。しかし、独自の規格やキャリア主導の仕組みにこだわりすぎたことで、結果として、世界標準から外れてしまったと言えるでしょう。もしも運命の歯車が一つ変わっていれば、日本のガラケーや『iモード』が世界標準となり、その後の4G規格、5G規格の開発も日本が主導する未来がありえたのかもしれません。

※サムネイル画像(Image:Shutterstock.com)

スマホライフPLUS編集部

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