2010年当時はiPhoneとAndroidの二強時代に挑戦する「第三のプラットフォーム」として期待された『Windows Phone』。しかしMicrosoftのスマホ向けOSは、2017年に開発終了を迎え、同社は2025年現在でもモバイル市場での存在感は非常に薄いと言っても過言ではないでしょう。
なぜ『Windows』はモバイル市場で成功できなかったのでしょうか。その失敗の背景には複合的な要因が絡んでいます。

今回はMicrosoftのモバイル業界での失敗を決定づけてしまった『Windows Phone』について振り返ってみましょう。
市場参入タイミングの遅さ
Windows Phoneが市場に投入されたのは2010年でした。この時点ですでにiPhoneは2007年から、Androidは2008年からサービスを提供済み。両プラットフォームはユーザーベースを着実に構築していました。
つまり『Windows Phone』の失敗要因は、端的に言えば参入の遅さであると言えるでしょう。しかし、ここで検討すべきは「Microsoft社は本当に2010年までまったくモバイル業界に製品を投下することがなかったのか」という点でしょう。
実はMicrosoftの携帯端末用OSの始まりは1996年発表のPDA向けOS「Windows CE」まで遡ることができます。その後、iPhone登場前夜のモバイル市場に対し、同社はエンタープライズ向けの製品を投下し続けていました。とはいえ「あくまで主軸はPCであった」感も否めず、どちらかと言えば00年代前半はPalmやBlackberryの方が市場での存在感が強かったのも事実です。
そんな中、2007年にiPhoneが登場すると、業界の空気は一変します。Windowsは追従するように2008年から一般消費者向けのOSの開発を開始しましたが、結局「Windows Phone」の登場はiPhoneから3年遅れる形に。
この「3年」という月日はスマートフォン市場にとっては長く、この間にAndroidが急成長。スマホOSはiOS/Androidで占められる構造が固定化されました。
Windows 8および8.1の大失敗の影響
Windows Phoneは初代登場(2010年)以降、巻き返しを狙い、2012年に第2世代である『Windows Phone 8』を発表しています。このWindows Phone 8と悪名高い『Windows 8』の実質的な統合に近い統一化も、Windows Phoneの行く末に悪影響を与えたと推察されます。
実際、10年代前半にMicrosoftが積極的に展開した『Surface』シリーズに積極的に搭載された『Windows 8』と『Windows Phone 8』のOSコアは共通しています。Windows Phone 8のUIもまた『Windows 8』を連想させます。

Windows 8が不人気だった根本的な理由は、従来のデスクトップ操作体系を根本から変える過度なUI革新にあります。2012年のリリース当時、タッチ操作に最適化された「Metro UI」を強制的に導入したことで、ユーザーから「電源ボタンのシャットダウン操作に何度もステップが必要」「アプリが全画面表示されマルチタスクが困難」といった批判が噴出しました。
なお、この批判の声の大きさは『Surface』シリーズの売れ行きにも影響してしまった感があります。

総じてマイクロソフトにとっては『Surface』および『Windows Phone 8』こそがPCとモバイルを跨ぐ「統一されたUI」の理想を体現する端末だったはずが、Windows 8および8.1が不評であり、SurfaceもWindows Phoneもその不評に引きずられるようにして「思うほどの成果にはつながらなかった」のではないでしょうか。
もしもWindows 8がWindows 10に相当するほどの大成功を収めたOSだったならば、歴史は変わっていたかもしれません。
アプリストアの貧弱さと「開発者登録」(有償)について
Windows PhoneがiPhoneになれなかった要因の一つとしては、アプリエコシステムの脆弱性も無視できません。先行するApp StoreとGoogle Playには膨大な数のアプリが公開されていたのに対し、Windows Phoneは後発のOSだったことがその理由です。
そしてWindows Phoneはアプリストアの貧弱さに対して有効な手を打ち出せず、むしろデメリットの大きな施策が悪目立ちしていました。
その最たるものが「開発者登録」です。Windows Phone向けアプリを開発するには有償の「開発者登録」が必須で、個人は19米ドル、法人は99米ドルの料金が必要でした。
この「開発者登録」は1年ごとの更新制で、有効期限が切れた場合は再度登録料の支払いが必要で、登録済みのアプリもストアから削除されてしまう仕組みでした。
後発のモバイルOSがアプリストアを拡充する際に「開発者登録」そのものが有償であることはナンセンスであると言えるでしょう。Androidの無料登録と対照的で、開発者コミュニティの形成を妨げました。Microsoftの.NETに代表される技術基盤やOSそのものの知名度の高さは強みでしたが、経済的インセンティブの不足が開発者を遠ざけたと言えます。
ハードウェア戦略の失敗と『ノキア』

Microsoftのハードウェア戦略も、Windows Phoneの失敗に大きく寄与しました。当初、Microsoftはスマホ製造をHTC、Samsung、LGなどの複数のハードウェアパートナーに委ねていました。しかし、これらのメーカーはAndroidデバイスにより多くのリソースを割り当てており、Windows Phone端末は二次的な位置づけでした。
転機となったのは2011年、Microsoftとノキアの提携。かつて携帯電話市場を支配していたノキアは、iPhoneの台頭によって苦境に立たされていました。両社の提携によりノキアはWindows Phoneに全面的に移行し、Lumiaシリーズとして高品質なWindows Phone端末を展開しました。これらの端末は優れたカメラ性能など、独自の強みを持っていました。
しかし2013年、Microsoftはノキアのモバイル部門を54億4000万ユーロで買収し、自社でハードウェア製造に乗り出すという大きな賭けに出ましたが、もはやこの時点でWindowsとiPhone・Androidの差は埋められないものとなっていました。
結局、MicrosoftのCEOであるサティア・ナデラは1年後の2014年には買収は失敗だったと認め、ノキアの携帯電話部門から1万2,500人、Microsoftから計1万8,000人をリストラすることを発表。深い痛手を負ったと言えるでしょう。
「遅れた参入時期」「閉鎖的エコシステム」「ハードウェア戦略の失敗」
総じてWindows PhoneがiPhoneになれなかった本質的要因は、「遅れた参入時期」「閉鎖的エコシステム」「ハードウェア戦略の失敗」の三重苦に集約されます。
MicrosoftがPC市場での成功体験から脱却できず、モバイル市場のゲームチェンジのルール(アプリストアのエコシステムなど)に対応できず、最後にはノキアの買収および買収からわずか数年でのスマホ設計・製造からの撤退という金銭的な大失敗を犯したことで、Windows Phoneの失敗は決定的なものとなりました。
PCとモバイルを跨ぐ「デバイスを超えたUI」は幻想?
余談ですがMicrosoftが『Windows 8』と『Windows Phone』や『Windows 10 Mobile』、また『Surface』シリーズなどで犯した失敗には共通項もあります。それはPCとモバイルを跨ぐ「デバイスを超えたUI」への過剰なこだわりです。

たとえばMicrosoftは2015年にユニバーサルWindowsプラットフォーム(UWP)というアプリ開発基盤を導入。単一のコードベースでPC・Xbox・HoloLensなど多様なデバイス向けアプリを開発できる点が特徴であり、まさに「デバイスを超えたUI」を象徴する開発基盤だと言えるでしょう。
一方で実際にアプリを開発したり、各プラットフォームで同じアプリを起動するとすぐに分かることですが「スマホに最適化されたアプリ」「PCに最適化されたアプリ」はあくまで別物です。
その点を無視してPCでの有利を持ち込むようにして、Windows PCとWindows Phoneの統一UIを志向したことがWindowsの失敗だと言えるでしょう。SurfaceおよびWindows 8のUIを完全にタッチパネル対応に無理やり切り替えるなどの迷走にも、それらは顕著です。
そしてやはりPCの世界で有利なOSがモバイルでの支持を集めるには至らず、Windows Phoneは「黒歴史」と化してしまったと言えるかもしれません。
※サムネイル画像(Image:Roman Pyshchyk / Shutterstock.com)