「手紙やはがきを送り、請求書や公的な通知を受け取る」という郵便サービスの当たり前が、揺らぎ始めていることをご存じですか? デジタル化の急速な進展の一方、郵便物の取扱量は右肩下がりで推移しています。事業の根幹そのものを不安視する声も集まっています。

実際、国外では郵便サービスを大幅に縮小、あるいは廃止に踏み切った国も登場しています。今回は郵便市場縮小について、詳しく見ていきましょう。
郵便物数の長期的な減少トレンド

郵便事業の根幹を揺るがす最大の要因は、メールやSNSといったデジタルコミュニケーション手段の普及による「手紙」需要の減少です。実際、総務省が発表した「令和6年版 情報通信白書」によると、2023年度の引受郵便物等の通数は約136億通だったとのこと(荷物を除く)。ピークを記録した2001年の262億通からは48.3%減少しています。
この郵便物数の減少は、日本郵便の収益を直撃しています。日本郵政が2025年5月に発表した同年3月期決算では、事業会社である日本郵便が連結純損益で42億円の赤字となりました。これは8年ぶりの最終赤字で、郵便事業が構造的な不振に陥っていることは明らかでしょう。
なお、EC(電子商取引)市場の拡大を背景に「ゆうパック」などの荷物取扱量は増加傾向にあります。しかし、荷物事業はヤマト運輸や佐川急便といった民間企業との競争が激しく、利益率が低いです。結果として、荷物事業の成長だけでは、伝統的な郵便事業の赤字を補填しきれないというジレンマに陥っています。
2024年10月の郵便料金値上げの背景と限界

この深刻な赤字を背景に、日本郵便は2024年10月、約30年ぶりとなる大幅な郵便料金の値上げを行いました。定形郵便物(25g以内)は84円から110円へ、通常はがきは63円から85円へと、約3割の大幅な改定です。実際、公式サイトにも値上げの理由として、「郵便サービスの安定的な提供を維持していくため」と説明されていますが、その効果には限界も指摘されています。
値上げは短期的には増収効果をもたらすものの、約3割もの値上げは中長期的にはさらなる「郵便離れ」を招き、市場縮小を加速させるリスクがあります。特に、請求書やDMを大量に発送する企業にとっては大幅なコスト増となり、デジタルへの移行を後押しかねないでしょう。
「郵便サービス」の現在

かつて郵便が独占的に行ってきた「手紙の配達」は、デジタル技術によって急速に代替されています。この記事をお読みの人のなかにも、個人間で手紙をやり取りする機会が「ごくたまに」というレベルで激減している方は多いでしょう。
企業レベルでもその変化は著しく、請求書や納品書、各種明細書といった帳票類は、電子請求書発行システムやクラウドサービスへと移行が進んでいます。
一方、デジタル化は郵便事業にチャンスをもたらした側面もあります。それがEC(電子商取引)市場の拡大です。ネットが一般的となり、オンラインでの商品購入を誰でも行うようになりました。また、コロナ禍を経てその市場規模とEC化率は飛躍的に上昇したといえます。この結果、個人宅への小包配送需要が急増し、「ゆうパック」や「ゆうパケット」といった荷物サービスは、日本郵便にとって数少ない成長分野であり、重要な収益源となりつつあります。
「手紙」から「荷物」への構造転換がもたらす矛盾
しかし、この「手紙から荷物へ」というビジネスモデルの変化は、新たな矛盾を生んでいるという見方もできます。そもそも、郵便事業は「手紙」という軽量で規格化された商品を全国一律の料金で配達する「ユニバーサルサービス」を前提に設計されてきました。そして、このモデルは、人口密集地の都市部で上げた利益を、採算の取れない過疎地のサービス維持に充当することで成り立ってきました。
ところが、荷物事業はサイズも重量も多様な商品を、個別性の高いルートで配送する必要があり、効率性が収益を大きく左右します。民間事業者との厳しい価格競争があるなか、全国一律のサービスを維持することは、特に配送コストの高い過疎地において、経営の重荷となりかねません。
ユニバーサルサービスの責務を負いながら、競争の激しい物流市場で戦わなければならない。この構造的なジレンマが、いまの日本郵便が抱える最も困難な課題といえるでしょう。
海外における郵便配達の縮小・廃止事例
冒頭でも触れたとおり、郵便事業は海外でも縮小・廃止傾向にあります。
たとえば、北欧のデジタル先進国デンマークでは、政府系郵便会社「ポストノルド」が2025年末をもってデンマーク国内での手紙配達サービスを廃止。今後は小包事業に経営資源を集中するとのこと。この背景にあるのは、やはり郵便物数の減少があります。ポストノルドによると、手紙の取扱量は2000年の14.5億通から2024年には1.1億通へと、わずか四半世紀で90%以上も激減したとのことです。
このような事態となった要因は、行政手続きから企業とのやり取りまで、社会のあらゆるコミュニケーションが「デジタルポスト」と呼ばれる電子私書箱システムに移行したことにあります。国民の95%が利用するこのシステムの普及により、物理的な手紙の必要性がほぼ消滅。デンマークの事例は、デジタル化が極限まで進んだ社会において、郵便の「ユニバーサルサービス」がその役割を終え、公共インフラから民間競争サービスへと完全に移行する未来を、現実として示しています。
デンマークの事例は、日本の郵便事業にとって遠い未来の話ではないかもしれません。「デジタル化の最終的な進展は、ユニバーサルサービスの維持を根底から困難にする」という厳しい現実を突きつけています。国民の大多数がデジタルサービスを利活用するようになれば、「全国あまねく、手紙を安価で届ける」という社会的使命の正当性そのものが問われることになります。
日本もいずれ、全国一律のサービス水準をどこまで維持するのか、それとも地域やサービス内容によって料金や配達頻度に差を設けることを許容するのか、という根本的な選択を迫られる時が来るでしょう。
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